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シンポジウム
子どもの文化交流フェスティバル2004/子どもの表現体験活動を通して
子どもと文化芸術 第3章 子どもの育ちにおける文化芸術の果す役割を探る!
パネリスト コーディネーター
小池博史(演出家・パパタマフマラ)
水嶋一江(演奏家・ストリングラフィ)
柳亭燕路(落語家・落語協会)
福田房枝
(子どもNPO・子ども劇場全国センター専務理事)
このシンポジウムは、「子どもの文化交流フェスティバル2004」(2004年3月19日〜21日)で、全国から335名の子どもたちが、表現ワークショップに参加しましたが、その体験事業をもとに、討論したものです。
KIDS & ARTS 2004夏  2004,7,27(火) at : 俳優座劇場 より
子どもの育ちにおける 子どもの文化芸術の役割を探る!
〜 子ども文化交流フェスティバル2004/子どもの表現活動体験を通して 〜
パネリスト 小池博史  水嶋一江  柳亭燕路
コーディネーター 福田房枝
【福田】 最初にまず「子ども文化交流フェスティバル2004」のビデオをご覧いただきました。子ども劇場は39年間子どもたちの心豊かな成長を願って、子どもたちの文化芸術活動(鑑賞と表現活動)を進めてきました。その中で、子どもたちにとってこの文化芸術体験がいかに大切であるかを実感し、 さまざまな試行錯誤を重ねながら、多くの人たちとともにこの活動を進めてきました。しかし、それでもまだまだ社会的認知は低いのが現状です。
 今回の事業は、独立行政法人国立オリンピック記念青少年総合センターより委託を受けまして、子どもの文化芸術体験を社会化していくために、いままで体験のない子どもたちにもと、新聞広告をはじめ広く広報して、NPO法人子どもNPO・子ども劇場全国センターがこの3月に東京と地方の4会場で実施したものです。
 先ほど観ていただいたビデオは、そのなかの、子どもの表現活動のワークショップの部分をご紹介したものです。ビデオはのべ3000時間以上あったものを15分に縮めましたし、また生でやったことがどこまで伝わったかどうか不安ではありますが、足りない点はこれからのシンポジウムで、パネラーの皆さんに伝えていだきたいと思います。
 パネラーのお三方は、ワークショップをやっていただいた講師の皆さんです。参加した子どもたちは一般公募で、したがって特に演劇や音楽に興味がある子どもたちばかりというわけではなく、また、年齢は一番心を開きにくいといわれる10歳から15歳の子どもたちが335名集まりました。2泊3日、船上という非常に限定された空間で行ったこのワークショップが、 子どもたちにとってどんなだったのか、パフォーマーの方にとってどうだったのか、その辺についてお話を進めていきたいと思っています。  最初に自己紹介を兼ねて、どうしてこの世界に入られたのかも含めてお話しいただきたいと思います。 【小池】 先ほどのビデオでは最後の方に映っていましたが、パパ・タラフマラというカンパニーを主宰している小池博史と申します。パパ・タラフマラって、一体これは何?とお思いの方も多いと思いますが、 舞台芸術のカンパニーです。劇団と言ったらいいのか、ダンス・カンパニーといったらいいのか難しいところがあるんですが、基本的にそういった境界があまりないので舞台芸術で、演劇的な、舞踊的な、あるいはオペラ的な、あるいは美術といってもいいですね、そういうものが全部融合されたような舞台をやっています。
 1982年に立ち上げまして、現在までに約40作品をつくってきました。最近は海外公演が非常に多くて、それ以外にワークショップ等もやっています。これはプロを相手にしたワークショップで、今年は海外3カ所か4カ所で、やる予定になっています。  そのほかの仕事としては、つくば市の舞台芸術監督を1997年からやっています。今年で8年目に入りました。やはりこれもつくば市全体の舞台芸術のプログラミング、年間で17、8本行うのと、あとは市民を相手にして毎年、1作品をつくっています。それ以外にプロデュース公演として作品をつくっています。 今年は11月にダンサーの木佐貫邦子さんとジャズギターの渡辺香津美さんと私とで組んでやります。
 それ以外にもさまざまなネットワークをつくっています。一つはアジアのネットワークで、アジア内のインフラ整備のために、あるいは、僕は世界の一番大きな問題はコミュニケーションだと思っていますので、その辺をネットワークによってどう解決するかということもやっています。  ほかに「パパ・タラフマラ舞台芸術研究所」という小さな学校をやっております。 【水嶋】 水嶋一江と申します。糸電話を応用した楽器、ストリングラフィ・アンサンブルを主宰しております。ストリングラフィというのは、ストリングとグラフィックという二つの言葉を併せてつくった造語です。ご覧のようにとてもビジュアルイメージの強い楽器なので、そのような言葉にしました。  10年前にこの楽器をつくって以来、いろいろ試行錯誤を重ねて、今では5人のメンバーによるアンサンブルを行っています。当初は実験的なオリジナル曲を中心に活動してきたんですが、今はクラシックもあれば、「世界に一つだけの花」なども弾きますし、古今東西のいろいろな曲をアレンジして、その場に合わせていろんなコンサートを行っています。  現在は、年間数十から百程度の公演を全国各地、海外のフェスティバルなどで行っています。
 ワークショップに関してはこれまでも学校、子ども劇場、それから美術館などでやってきました。最近はコンサートに付随したワークショップがポピュラーで、子どもも大人も含めてやってきましたが、10時間というような長時間に渡るものは、今回が初めてでした。  最後にこういう世界に入ったきっかけですが、小さいころから漠然と作曲というものに憧れていて、音楽大学に進んだのですが、実際に仕事としてどうやって活動していけばいいかということは、なかなかきっかけがつかめずにいました。  そんななか、大学2年の時に利賀フェスティバルという、富山県で行われていた国際演劇フェスティバルに観客として行きました。そこでたくさんの同年代、あるいはちょっと上の世代で演劇や音楽、パフォーマンスをやっていたり、やりたいと思っていたりする人にたくさん出会いまして、今度は演劇をやるから、それに音楽を付けてくれないかとか、そういった形で、最初のアマチュアとしての活動が始まり、それが今まで続いているということです。
【燕路】 落語家の柳亭燕路でございます。私が噺家になりましてもう23年になります。柳家小三治というのが私の師匠でございます。普段は寄席で落語をするというのがわれわれの一番大きな仕事です。全国各地の小学校、中学校、高校、おやこ劇場や子ども劇場、そういうところに参りまして、公演もさせていただいております。 これは、落語についての解説ですとか、三味線のお師匠さんにも一緒に来てもらって、寄席の音を紹介したり、扇子と手ぬぐいを使った仕草を皆さんに見てもらったり、 あるいは先ほどのように子どもたちに小咄を教えて、やってもらったり、そしてちゃんと自分でも一席、落語をするという仕事でして、最近はこれが増えています。
 噺家になったきっかけですが、私は地方で生まれて、上京し早稲田大学に行きました。大学生になるまで落語という隠微なものには触れたことがなかったんですが、ちょうど友だちが落研にいまして、学生に安価な値段で一流の芸を聞かせようという早稲田寄席というものをやっておりました。  私はその友だちに代返やノートを借りたりと世話になっていましたので、義理で仕方なく1枚のチケットを買って、九段会館に観に行ったのが人生転落のきっかけでございます(笑)。  そこでは柳家小三治が「もぐら床」という泥棒の噺をしておりました。昔の泥棒で、敷居の下を掘って、手を突っ込んで掛け金を外して、中に入って商売をする、もぐらという手を使いました。手を突っ込んだまでは良かったんですが、寸法を間違えておりまして、右往左往しているうちに、家の中で店の主がまだ起きておりまして、ふん縛られます。 店の主は勘定が合わないので、明日の朝、この泥棒を番所に突きだして、褒美をもらって、勘定を埋めようという、なかなかしたたかなオヤジで、泥棒はふん縛られてしまいます。
 おカミさんも店の主も寝てしまって、どうしょう、もう動けない、そこに酔っぱらいが来ます。泥棒が「おい、助けてくれ、背中に小刀が忍ばせてあるから、それをとってくれ、あとでご馳走するから、酒を買うから」と言いますと、酔っぱらいが「わかった」と背中に手を突っ込んで小刀をとるんですが、 それががま口の中に入っていて、「ずいぶん入っているな、お前、こんなに入っているのなら、何も俺はお前にご馳走してもらうことはないんだよ、本当に身動きできないの、 縛られてるの、あ、そう、じゃ、これもらっていくよ」、「ああ、どろぼー」というお噺でございます。  この心理劇、一番悪いはずの泥棒が一番可哀想な人間になっていくというストーリーです。落語というものはお芝居のような豪華絢爛たる照明や道具は何もなくて、座布団の上に坐ったきりですが、 何もないところにすべてが見えてくるという、この芸術の素晴らしさに心を打たれまして、柳家小三治に入門したというのが、私の噺家人生のスタートでございます。

体の硬さは心の硬さの表れ
【福田】 ありがとうございました。ほんとうに、この世界に入られるキッカケは、人との出会い、作品との出会いと、実にさまざまなんだなというのが実感です。ということは今回参加した子どもたちの中からも……可能性があるということですよね。 さて、皆さんには「はじめまして」から始まって2泊3日缶詰状態で子どもたちと悪戦苦闘していただいたわけですが、この三日間に何が起こったのか、10代の子どもたちと出会って、どういう印象を持たれたのか、その辺からお聞かせいただきたいと思います。
【小池】 先ほど、この世界に入ったきっかけを話してくれと言われていたのに忘れていたので、それを先に言ってしまいます。  僕自身は最初、建築家になりたかったんですが、受験のときにたまたまフェリーニの映画を見てしまって、「これだ」と思ったんです。建築家なんかやっている場合じゃないと思いました。
 それで工学部系の受験をやめて、社会学部に入りました。そこで「さあ、映画だ」と思ったんですが、映画だとどうにも金がかかりすぎる。金のかからないものの方が良いだろうと思って始めたのが舞台なんです。
 考えてみると、美術的な、演劇でも踊りでも何でもいいと言っているのは、基本的には映画的な時間と建築的な空間が混ざり合ったものとして、私にとって舞台芸術がフィットしていったんだろうと思っています。
 僕は海外の人との仕事が非常に多いのですが、まず最初に気になるのは、日本人全体がちょっとおかしいのではないかということです。  例えば舞台で、分かりやすいギャグをやっていれば別ですが、そうでない限り「このシーンは笑っていいんですか」とか、「このシーンはどう反応すればいいんですか」という意見がとても多いです。そういう意見は日本以外で聞いたことがないですね。日本人全体に自分で判断する能力がなくなってきているんじゃないかと感じています。
 それでワークショップの話に移りますが、批判ではないんですが、舞台芸術では2泊3日はすごく短かったです。しかも船上で、なおかつ海の上ですから自然を豊かに感じられるかと思いきや、実は全然感じられない。要するに揺れている状態しか感じられなかったんです。これは僕はあまり良かったとは思ってないんです。
 船の上は有効かと聞かれたら、絶対的に森に行ったほうが有効だろうと答えます。なぜなら、人間の体はもっとも身近な自然ですから、そうすると森のほうが多くを感じられていいんじゃないか、何で海の上でやるんだろうな、という疑問がありました。  それと、3日間は極めて短い。それ以上に、2泊3日ならまるまる3日ほしいというのが僕の感想です。人間ってどこから始まるかというと、顔を合わせて「おっ」というところから始まるわけです。「名前は何て言うの」というところから始まって、そこで顔を合わせてニコッとしておく。30分でも、10分でもいいんです。「明日からよろしくな」みたいな話をしながら入っておくと、2日目には垣根が少し崩れているんですよ。今回のワークショップではそれがなかったのがすごく残念でした。  なおかつ4時間、5時間というのは、僕にとってはすごく短い時間なんですね。僕自身がやりたかったことは、垣根を壊しながら、彼らのなかのコミュニケーション能力をいかにして高められるかということだったんです。2日目になって、ああ、少し垣根が崩れて良くなってきたなと感じていたら、突然、一気に垣根がなくなって、さあこれからどんどんよくなるぞ、という頃にタイムアウト、それでもう終了でした。5日間ぐらいあれば、適切な関係を結べたのではないかと思っております。  さっき日本人全体がおかしいと言いましたが、それとも関連しますが、とてもおかしいなと思ったのは、子どもたちの体が硬すぎることです。手が地面に着かないんです。10歳から15歳ぐらいの子どもが前屈で手が地面に着かないって、いったいどういうことなんだろうかと、最初にすごく不思議な気持ちになりました。
 手の着く子は3分の1ぐらいで、3分の2ぐらいは着かないんです。着かなくて良いはずがないんです。というのは、体が硬いということは心も硬いということだし、何かに覆われて、固まってしまっているということなんです。何か自分の中に壁をつくっているんですね。
 僕は21世紀は、身体の時代になって来ざるを得ないと思っています。それは体はとてもリアルなものだからです。いくらリアルじゃないことを欲したとしても、自然体の身体を持っていれば、否応なくリアルになるというのがカラダというものです。感じないと思っても感じちゃう。ところが、感じないように、感じないようにと、日常的に訓練をする、あるいは暗示にかけていくと、感じなくなってくる。
そういうリアルさも持っています。先ほど森のほうが良いだろうと言ったのは、森に入ると身近にさまざまな生物がいて、いろんな匂いを感じ、生き物を感じて、そうした生きている物との関係を結べるからです。
 それからあいさつが全然できない。奇妙でした。これはいったい何だろうと思いました。教育の問題なのか、親の問題なのか、あるいは社会全体の問題なのか、すべての問題が絡んでくると思いました。  あいさつをしようとすると「じゃ」みたいな感じでしかできない。「それはちょっと、お前、違うんじゃないか」という話も何度かしました。いろいろ細かいことを言ってくるけれど、実際、やってみろというとやらない。ワークショップなのだから、いくらでもやれるはずなのにやらない。「ダメ、やんない、恥ずかしい」という子がすごく多い。講師と自分とのコミュニケーションがきちんと図れない、関係がきちんと結べない。それを「それじゃダメだろう、 お前の中ではそれで良いと思っているの」ときちんと話しながら進めようとすると、やっぱり5日間ぐらいはかかるだろうと思います。
 ちょっと厳しいことを言ってますが、僕は感動を与えたかったんです。なぜなら感動がない限り、体は意識しはじめないからです。
 先ほど燕路さんはリラックスしている時間がほとんどで、落語家はあまり緊張している時間がないと言われていましたが、舞台をやっていると、ほとんど緊張の時間を延々と強いていき、その合間にリラックスがあるという感じですね。ブレスしては、「良かったよ」となだめたり、そういうことをずっと繰り返すわけです。その時間は確かに辛いんですが、それを5日間ぐらいやると本当に変わってきます。 変わってくるということは、本人が強くリアリティを感じるということでもあります。僕は何とかそのぐらいの時間が出来ないかなという思いで見ていました。
 それから、僕はこれまで子ども相手にはまったくやったことがなくて、それだけ今回の子どもたちとの出会いは、すごく新鮮で、驚いたというのが正直なところです。

具体的な目標がある方がやりやすい
【福田】 ありがとうございました。時間のことはおっしゃる通りで、もっとゆっくり時間をかけてやりたいですね。小池さんはまだまだとおっしゃいましたが私はあの短い時間で、あのストーリーといい、子どもたちのはじけ方といい、あそこまでやれるんだとびっくりしました。一人ひとりの個性がとてもよく出ていましたし、皆さんからすごい拍手でした。あと、「身体はとてもリアルで、 21世紀は身体の時代になる」というのは、小池さんがダンスをやられているからというより、私自身もそう思いますし、それは多くの人が深いところで感じていることではないかと思いますね。
 さて、水嶋さん、多くの子どもたちにとって、たぶん、みるのも聴くのも演奏するのも“初めての楽器”だったと思うのですが、いかがでしょうか。水嶋さんの演奏を聞いているだけのときの子どもたちと、自ら具体的に演奏したあととでは子どもたちに聴く姿勢の変化はあるのでしょうか。 【水嶋】 はい、ストリングラフィというのは、ほかの楽器とは違った特徴があります。音楽というのは楽器をつくる、曲をつくる、演奏するという3種類の作業があって、現在では分業されています。それで、子どもたちが楽器に触れるというとピアノであれ、コンピューターであれ、たいてい音を出して演奏するというところから出発します。 ところがストリングラフィでは、楽器をつくる、曲をつくる、演奏するという、その3つを全部やらなければいけないわけです。
 これまでは、ワークショップといってもだいたい1?2時間のことが多かったんですね。1?2時間のワークショップでは、楽器をつくって、ストリングラフィならではの雨の音、鳥の音などアブストラクトな音を自分で探して表現してみましょうというところまでしかできませんでしたが、今回は10時間もあるということで、 そういうことはやった上で「大きな古時計」をアンサンブルで、メロディと伴奏、リズムパートも付けてやってみることに挑戦しました。  私自身、どの程度のことができるのか、やや不安があって出発したんですが、結果的には曲を弾くということに、みんなが夢中になりました。
 逆に、自分でつくった楽器で自由なイメージの世界を表現してみましょうというと、すぐに飽きちゃうんです。つまらないから、早く、「本当の楽器」を弾いてみたい、つまりドレミですね、あれでもっと練習したいというふうにたいていの子どもが言いました。それは私にとっては驚きでした。私はドレミじゃないものが弾けるからストリングラフィは面白いと思って、 この楽器を発明して、結果的にいろんな曲も弾けるようにしたという経緯があったために、逆に感じるのかと思いました。
 「大きな古時計」の演奏に挑戦したんですが、それは上手いか下手かがはっきり分かります。メロディを間違えちゃうとか、10人でアンサンブルしてずれてしまうとか、そういう分かりやすい間違いを詰めていって、そのあとで「これはおじいさんの思い出というノスタルジックな曲だから、そういう感じで時計の音を出してみない」とか、「時計のチクタクというリズミカルな感じを体で表現できないのかな」というふうに投げかけると、子どもたちはすごく柔軟に応えてくれました。
 ただやみくもに表現しましょうと言っても、たぶん、どこからやっていいのか分からない状態だったのかなと思います。「大きな古時計」という具体的で目に見える、クリアできる目標があって、そこからアブストラクトな世界とか、もっと自由に自分の好きな表現をしてみましょうというほうが、個性が柔軟に出てくるんだなというのが、ワークショップをやってみての発見でした。  それからワークショップとワークショップの間に私たちのコンサートがあって、他のグループの人にも聴いていただいたのですが、そこですごく強烈に感じたのが、ワークショップでストリングラフィを選んで、演奏を学んだ子どもたちの変化です。もう食い入るような熱烈な眼差しで、私たちの演奏を見るようになったというのは驚きでした。
 ただ知識としてストリングラフィをテレビで見たことがあるとか、本に載ってたとかで知っている子は何人かいたんですが、そうじゃなくて、実際につくって、演奏してみて、こういうところは難しいというような実体験をしたあとに私たちの演奏を聴くと、どこをどうやって、ああいうふうに音を出しているのか、ものすごく興味深く見たり聴いたりしているんですね。観客としてのレベルも格段に上がって、 きっと見ているだけでも吸収するものがだいぶ違うんじゃないかと感じました。
 私のワークショップには初めて会う28人の子どもたちが参加してくれたんですが、最初は何となく自己紹介しましょうと言っても、もそっとした感じでした。「大きな古時計」の演奏では年齢順に3グループに分けて、それぞれで発表するという目標があったために、割合に初めて会った人ともうまくやっていたように思います。一つの共同作業によるコミュニケーションが、とても良い体験になったんじゃないかと思います。
 演奏を発表するだけじゃなくて、どうしてストリングラフィで音が出るのか、その辺りの説明も子どもたちに任せたんですが、子どもの間で、それぞれキャラクターの違いをお互いに認識しあって、わりあいに目立ちたがり屋の子は「デモンストレーションは僕がやりたい」とか、落ち着いた、説明の上手そうな子は「私がナレーションをする」とかいうような、その辺りの割り振りもうまくやっていたんじゃないかと思い、感心しました。

声が出ない
【福田】 ありがとうございました。楽器を初めてさわってよくあそこまで演奏できるようになるんだなというのが驚きでした。子どもたちも気持ちを合わせて演奏してましたよね。あと、ワークショップで自由に演奏することより、曲目など具体的な目標があった方がとっかかりやすいというのは、いまの子どもたちに多いのでしょうね……。また、実際に演奏することで、観客としてのレベルが上がるというのは、なるほど納得です。
 それでは燕路さん、普段、子どもには落語は馴染みがないんじゃないかと思うのですが、ビデオを見ると、最初はあくびをしている子が、最後は舞台に立って小咄をやるところまでいくわけですよね。そこまでのプログラムはどんなふうに進められたのでしょうか?
  【燕路】 私は子どもが落語を理解しがたいというのは、大人にも理解しがたい人がたくさんいるのと同じレベルと考えていただいて結構だと思うんです。
 今月2日まで、私は鈴本演芸場のトリで、「紺屋高尾」という吉原の花魁の噺をいたしました。一番後ろにまだ学校に行く前の小さい子がいまして、それでどうかなと思っていましたら、ずっと聞いていてくれて、キャーと笑ったりもしていました。終わってからスタンディングオベーションを子どもから頂きました。
 そういう意味では、馴染みは薄いかもしれませんが、落語が子どもに分からないと最初から決めつけないほうが良いと思います。子どもは子どもなりの理解の仕方、あるいは面白さを見つけていくわけで、例えば言葉の弾みの面白さに対する繊細さは大人よりもずっと優れているものがあります。
 今、おかげさまでNHKの「日本語であそぼ」という番組の影響で「寿限無」のブームでございます。子どもたちは「寿限無寿限無」って言えるんですね。落語が子どもたちに少し親しまれてきたという時代の流れもあります。  まず「寿限無」を最初のテーマにしました。「みんな寿限無」ということで、まずみんなに「寿限無」を聞かせる「みんなに寿限無」、それから実際に寿限無をつくる「みんなで寿限無」、さいごに1人ひとりやってみる「みんなの寿限無」という寿限無シリーズで、まず「寿限無」ってこういう噺なんだということを私がやりました。  みんなの知っている「寿限無」とは違うかもしれないけれど、正解は一つじゃない、これでなくちゃいけないってことではなくて、それぞれの「寿限無」があって、私は自分の師匠から教わった「寿限無」をやるし、またその場で変えることもできるし、やりやすいように、あるいはお客さまが面白いように変えるし、その場で間違えるし、忘れるし、いろんな「寿限無」があって、それでも落語はオーケーなんだということから始めました。  次にみんなで「寿限無」をつくってみよう。言葉の感覚はみなさん豊かですから、「寿限無、寿限無……」に近い言葉をみんなで列挙しまして、新しい「寿限無」を考えました。  「寿限無」は何で「寿限無寿限無」というかと言うと、親が子に名前を付けるのに長生きするように目出度い名前を付けようという心情がまずあって、お寺の和尚さんでもご隠居さんでも、どちらでもいいんですが、相談に参ります。
 そこで「寿(ことぶき)限り無し、五劫のすりきれ、一劫というのは三千年に一度、天女が天下って、下界の巌を衣の袖で撫でる、で、この巖がすりきれすりきれ、すり切れてなくなってしまうのが一劫、五劫というから何億年、何兆年、それだけ長生きをするというのだから目出度いな」と、ああだこうだということで、それぞれに全部理由があるんです。それもみんながいい加減に、言葉のリズムだけで作った「寿限無寿限無……」がなぜ目出度いか、 これを即興で目出度い理由を付けて、一席の落語にして、その場でやりました。
 私はやらなかったんでございますが、私の弟弟子の柳家三三というのが一緒におりまして、そいつがその場で一生懸命、なぜ目出度いか理由を付ける。たとえば「海砂利水魚に水行末(かいじゃりすいぎょにすいぎょうまつ)を、子どもが、「海外旅行に水餃子(すいぎょうざ)」ともじって考える。「海外旅行に水餃子、ご隠居、これがなぜ目出度いんですか」「ううん、海外旅行に水餃子な、海外旅行と言うとアメリカかな、水餃子は中国のものだから、 これは米中友好で目出度い」「ああ、目出度いですね」てなことで理由を付けて、みんなと一緒に戦いながら作っていきました。
 皆さんのワークショップを拝見すると、みんな協働作業なんですね。ところが、われわれの場合は、最終的には1人なんですね。ですからみんなで力を合わせるということがないわけです。そういう意味では、みんなで力を合わせて感動を得るということがないのが、ちょっと2泊3日という時間の中では辛かったです。
 最後に小咄をやるんですが、あれだけの文章を覚えるのはそんなに難しいことではなかったようです。むしろ坐って、体を固めてというか、真っ直ぐにして、首を右左に動かすということが難しかったようで、逆に言えば、いろんなことをしながら体を動かすほうが子どもたちは動けるんですね。きちっと正座して首を右と左に動かす、その一つがとても大変でした。だから最後まで動かさない子もおりました。
 われわれ噺家は高座が緊張の時間で、あとは弛緩の時間ではあるんですが、ただいつも落語のことが頭にあって、人間を観察しながら、世の中の動きを見ながら、それを落語に結びつけるという作業をするわけですね。
 普段はそんなに落語の稽古はしないんですよ。船に乗っているときみたいに午前2時間、午後2時間、こんなにやっている噺家はいません。寿限無を1日800回、そんな人はいません。そんな人はいないので、こんなに稽古していいのかなっていうか、子どもも可哀想だなということが一つありました。  ただ演劇と違うのは1人にスポットが当たって、これだけのお客さまを僅か10秒でも独り占めできるという、この快感があるんですね。みんなの目がこうやって自分に向いていて、その気持ちがビンビン来るんですよ。それはもうたまらない。こういう独り占めの快感の時間、エクスタシーの時間が落語にはあるんですね。
 個人の芸ですから、みんなで協働作業はできませんが、お客さまとの協働作業という意味ではお客さまを独り占めにできるとても良い例なんです。
 やっていて気になったのは、まず子どもたちの声が出ない。声を出すことが基本ですから「声を出そう、声を出そう」と言うのに大きな声が出ない。だから部屋の端と端に行って、「こんにちは」と言い、それを「こんにちは」と返す。「もっと大きな声で」ってだんだん大きな声を出していきます。「どこから来たんですか」 と僕が言うと、向こうも「どこから来たんですか」、「いや、そうじゃない、答えるんだ、君は答えなくちゃいけない」・・・。
 そういうことをやりながら、もっと遠くの、僕じゃなくてもっと後ろの壁、船の一番前に聞こえるぐらい大きな声を出して、それじゃ全然出てない、というので今度はデッキに行こうって、デッキにみんなで上がっていって、本当は上がっちゃいけないらしいんですが、ちゃんと船の人に許可をもらって、監視のスタッフが付いて、それでじゃ、あの島に向かって、みんなで寿限無を言うからって、「寿限無、寿限無・・・」って風の中で大きな声を出して、それから少しみんなの声が出るようになりました。  声が出ないってことは何でしょうね。声って空気の振動ですから、声が伝わって、ビンビン来ることを生に触れて気持ちが良かったり、感動したりするわけでしょう。声が出ないってことはとても良くないことだと思うんです。
 さっき小池さんのおっしゃっていた、日本人は「ここは笑って良いところなんですか」という質問をするということでしたが、僕が考えますにはテレビに原因があるんじゃないでしょうか。テレビはとても親切で、面白いところは字幕が出てきて、それでも笑わないときには、こっちが笑わなくてもテレビが笑ってくれる、こんなに親切でいいんでしょうかね。あの中でずうっと子どもの頃から暮らしていたら、そりゃ、どこで笑っていいんだか、自分で判断がつかなくなりますよ。 笑っていいともって向こうは言ってくれてるんですけれどね。これがなかなか難しいんです。
 それからテレビは生の音じゃない。今もマイクを通していますから生の音じゃありませんけれど、でも同じ空気を吸っていますから、やはり何となくニュアンスとか、いろんなことが伝わっていくわけですね。そういう場にいっぱい子どもたちを連れていく、触れさせる、そういうことを親がもっとすべきだと感じました。
【福田】 ありがとうございました。このワークショップ、私も見せていただいたのですが「寿限無寿限無」で何が目出度いかということがたくさんでるわけですが、それをその場で、即興でやられたのですね。三三さんは本当にもう汗びっしょりで……燕路さんはそのときに「困っている大人を見るとうれしいだろう」とおっしゃっていましたが、本当に子どもの目の前でおとなが悪戦苦闘しているわけです。困っている姿を子どもたちにそのまま見せながら、でもギブアップしないで挑戦する。挑戦して、やはり最後にはさすがと言わせるプロのワザを見せていく、 それを燕路さんがコーディネートする。そんななかで、子どもたちはどんどん変わっていくんですね。その様子はドラマチックでもあり、感動的でしたね。

おとながまずやってみせる
【福田】 小池さんに伺いますが、最初はあいさつのできない子どもと出会って、でも、いろんな体験の中で子どもたちがつながっていくことができるようになっていくのだと思いますが、どんなときに、子どもが少し近づいてきたなとか、能動的になったなとか、はたまた子どもたちと魂の交感ができたと感じられるようになるのでしょうか。
【小池】 結局は、こちらが頭でやっているうちはダメだと思うんです。私は、通常は大人しか相手にしてませんので、常にゆっくりした動きのワークショップから始めます。ゆっくりした動きとは、最小限でなおかつ強烈な表現という意味でとても有効なんですね。
 それをちょっとやろうとしたんですが、まるっきりダメでした。飽きちゃう。あっと言う間に飽きちゃう。じゃ、どうするのか、そこで、さっき燕路さんが言ったように、「じゃ、何でもいいから声を出せよ」というところから始めました。「とにかく自分のこの辺にあるものを出してみろ」と。それを口で言っているだけじゃなくて、こちら側もやってみせる。やってみせて、それである種の垣根みたいなものを僕のほうからきちんと取り払っていくと、突然、子どもたちが変わりましたね。
 突然といっても、1日ぐらいではダメなんです。最初彼等は、「がんばってるね、あの人」なんて思いながら、どこかおとなを観察しているんです。1日寝て、また次の日になって、そういう状態がもう一度再開されると突然、垣根を取り払いだすというのが、とても面白かったですね。 【水嶋】 そうですね、私たちの場合はだいたい30名近い人数で、最初のうちは何となくみんなちょっと遠慮したような感じでした。いろんな子どもがいて、どうしても騒いじゃう子とか、またそれをうるさがって「先生、注意してよ」とかって言う子がいたり、いろいろでしたが、だんだん子ども同士でダイレクトにコミュニケーションがとれるようになったと思います。
   10人ぐらいでアンサンブルをするって結構難しいことだと思うんです。基本的に自分の弾いている音だけじゃなくて、ほかの人の音を聴かなければいけない。ずれたりしたときも、よく聴いて合わせなきゃいけない。その辺が一言で言うと、柔軟に対応できていたと思います。
 特にさっきも言いましたが、演奏をもっともっとやりたくて夢中になるというようなシーンに入ってからは、あまり遠慮したり、人目を気にしたりということがなくなって、それぞれイキイキとコミュニケーションがとれるようになっていったんじゃないかと思います。伴奏のパートは、メロディを引き立てるように少し控えめにしたほうが良いとか、その辺りの感覚は、私が子どものころよりも、かえっていろんなものを聴いているのかなという印象がありました。

成果はどこに目標を定めるのかによる
【福田】 それぞれお三方がワークショップを子どもたちとどのようにつくってこられたのか、子どもと格闘しながら関係性が変わってきたことなどがリアルに伺えたのではないかと思いますが、この会場にお越しの皆さんの中にも、手法は違うかもしれませんが、いろんなワークショップをされている方がいらっしゃいます。この辺で会場からのご意見、ご質問を頂きたいと思います。
【Aさん】 広島から来ました。小池さんのお話をとても興味深く聞きました。というのは私たちも約3カ月かけて1本の芝居を作ったという経験があります。やはり最初の段階は小池さんが感じられたようなことが多々ありまして、そういったものを3カ月の間に乗り越えて作り上げるという経験をしました。  それでさっきから聞いていて思ったんですが、子どもたちと文化芸術の出会いをコーディネートする時に、音楽も演劇も同じような手法でいいのか、ジャンルによって目的をかなり明確にして細かく決めていかないと、なかなか効果が出にくいのかなと感じましたがいかがでしょうか。
【Bさん】 ワークショップをやっているときに、できることに喜びを感じる子と、そんなにできなくてもただ音を楽しんでいる子がいるんですよね。でも、一般的にはできることを喜んでいる子がいることが成果だと思うようなところがあるかなと、日頃から思っているものですから、ちょっと引っかかりました。その辺りはどう思われますか。
【福田】 まず子どもの文化芸術体験をコーディネートするときに、ジャンルによってやり方に違いがあるのか、あるとすればどんなところなのかについてお話しいただけますか。 【小池】 それは、どの程度の成果を上げたいかということで違ってくるのだと思うんです。今回は2泊3日だとある種の垣根を取り払いたくなる気持になったところで、終わってしまいました。それを越えようとすると、僕は5日ほしいと言いました。
 また、作品のクオリティを高めることになったとき、基本的な技術をどう考えるかという問題があると思います。やはり作品としてのクオリティを高めるためには3カ月ぐらいかかってしまうと思いますが、集中力を3カ月保てるのかという問題もあるでしょう。そういうことを考えると、期間というよりは時間との兼ね合いだ思うんです。 例えば金土日しか使えないとか、平日、毎日3時間ぐらいずつやりながら最終的に3カ月になるということなのかということでも違います。でも基本的な技術の獲得よりは、みんなが楽しむことが重要なんだ、そっちに重きを置いていこうとするときには、また違うと思うんです。子どもたちとやる時の主眼点が何かということですね。
 目的がハッキリしていれば、それによって違うと思います。
 ジャンルの違いについては、僕は舞台芸術に関してしか言えないですが、舞台芸術でも演劇と舞踊では違います。演劇だとみんな何となくやった気になるんですよ。声が大きく出て、セリフを語って、コミュニケーションしていると、何となくやった気になることができます。  でも舞踊はどうしてもテクニックがないと、ただ好きなように踊ってと言われても踊れないですよね。心の壁を取り払って、そこから少しずつ発展させようとすると時間がかかると思います。ですからどういう目的で、どのジャンルを選ぶかということで変わると、僕は思います。 【水嶋】 特にストリングラフィに限らず、楽器はそれぞれから音が出ますから、期間もありますが、一度に教えてあげられる人数が少ないということが、あります。仮にアンサンブルにした場合でも、あまりにも大人数になってしまうと、自分の音が聞こえなくなって面白くなくなりますね。
 それからさっき会場の方のおっしゃった、音そのものを楽しむことと達成感ということにも関係しますが、私が見た感じだと、個性もありますが、年齢もあると思います。6、7歳ぐらいまでは、本当に純粋に音を楽しんで、繰り返し繰り返しやっていて、飽きないんだろうかと思うぐらい楽しんでいます。10歳以上になると、比較的もうちょっとテクニカルなというか、難しいことをやってみたい、カッコイイことをしたいというほうに興味が向くような、傾向があると思います。
 今、小池さんがおっしゃったように、音楽の場合も踊りと同じで、そうなってくると曲を弾くためにはスキルが必要になってきます。ですからいくら説明しても、その後は個人練習みたいな形である時間をかけてやらないと、自分でも納得ができるところまでもっていけない場合があると思うんです。
 私もワークショップに関しては、どういうことを一番伝えたいのか、まだまだやりながら探っている状態なんです。ストリングラフィという、これまでなかったものを生み出してやっているという立場からすると、だれもやったことがないことを一から創っていくことの面白さと大変さ、仮に10時間でうまくできなかったとしても、挫折も含めてその辺を感じてもらえたらいいかなと思います。
【燕路】 完成を目指すとか、最後に演奏として成立させるということでいうと、われわれのほうは、どれが完成されているかというのは、どうもハッキリしない芸なんですね。うまくベラベラしゃべって、それがお客さまにうけるかというと、それがそうでもない。ああいうふうに2泊3日で小咄を教えた、あの中の1人よりも僕がうまくしゃべったとしても、あれほどはうけない。
 言葉がうまく出てこないために、お客さんの「大丈夫かな」って同情をかっているやつが「あっ、言えた、わっはっはっはっ」と大きな笑いになっちゃうとなると、どれが完成されているかは、あまり区別がつかないんですよ。2泊3日の中でお客さんが喜べば、僕らとしてはうまくいったなと思うわけです。
 何日か前にあるところで大人と子どもを交えてやったんですが、そのとき、子どものほうが圧倒的に良いんですね。大人はいろいろと面白くしようとか、作為が見え見えなんですよ。子どもは無垢でやりますから、これが良いんですね。それ以上、僕らはいじることもできないし、プロとして上手くするということでもないですからね。どこで完成されるか、あるいは時間が十分か不十分かというのは、私としてはあまり意見はないです。
 名子役と言われていて、役者で大成した人はいないって言いますね。歌舞伎なんかはわざと子どものときには声に表情をつけさせないですね。「とーとーさーまー、ひーもーじゅうーごーざーいーまーせーん」とか、セリフを言わせます。向こうは長い伝統がありますから、子どものときに変な色を付けると、大きくなって良い歌舞伎役者にならないからというような秘策を持っていると思うんです。
 無垢とか純粋さが大いにお客さまのシンパシーを勝ち取るということがあって、それがきっかけで笑いになることはありますから、期間や完成度という意味では、僕らは皆さんみたいにはよく分からないです。

演じる側と観る側の集中力が感動を生む
【福田】 おっしゃるように、どういう状態が成功かというのは、目的によっても年齢によっても、違うでしょうし本当に難しいですね。それに答えが一つではない、これが文化芸術の良さだと思いますが、もう一つ、正解がないのは承知で伺います。よく舞台をみて感動したといいますが、感動するのはどんな表現を見たときなのか、心が動くのはどういうときなのかというところを、プロの方に伺ってみたいのですが…。
【小池】 これは演劇をやったことのある方だとみんな感じていることだと思うんですが。最初は面白いんですよ。最初って面白い。何かやってみろと言われて、本人がおどおどしながら、さあ、どうやろうかなと突拍子もないことを突然やりだしたりすると、とても面白いってことがよくあります。
 ところが人間というのは必ず学習します。で、学習をし始めるとどんどんつまらなくなってきます。最初に「あれ、面白かったよな」と言われたら、またそれを再現しようとするんですが、そのときには最初の面白さは消えているわけです。
 落語は空気感を大切にする芸だと思いますので、観客とのダイレクトなコミュニケーションや、その場をどう読んでいくかというライブ感が重要でしょう。
舞台も同じですが、ただ、繰り返し繰り返し稽古を行って、同じことができるということを複数人数で可能にする、ということが前提になってきます。そうすると1回きりの面白さではいけないし、ひとりだけの面白さでもいけないわけです。どうしても稽古が中途半端だと、「それなり」にしかなっていかない。「ダメ、それダメ、ダメダメダメダメ」ってずっとやられていった果てに、「ああ、まいったな」と思いながら、自分をふと向こう側から見るような目を持ったり、それこそ世阿弥が言ったように客観的に見る目を持つ、自分自身が、自分自身でありつつ、自分自身を離れていくという、そういう感覚を持ったときに、やっと穴蔵から抜け出すことができるんですね。
 それはたぶん、どの芸でも、ダンサーでも役者でも同じではないかと思います。そのときにその存在自体が何かを揺り動かしていくわけですよね。
昔の話ですが、パリのテアトル・デラヴィルというところで非常に有名な振付家の作品を上演していたのを見たときのことです。全部で4本の演目が行われることになっていました。3本目までは若いダンサーばかりで、まるで面白くなくて、4本目には帰ろうとしたんです。立ち上がりかけたそのとき、彼が出てきたんですね。出てきて手を挙げて横に回しだした瞬間に、劇場全体の空気が変わりました。それだけのコンセントレーションを持って、その場の空気とのダイレクトな連動を図れるようになるともう、それだけで観客は呆気に取られたような状態に陥ってしまったわけです。ただ、見ているだけでいい。他には何もいらないと言う感じになりますね。
演者は追い込まないとダメなんだと思います。ある時期はとにかく追い込んで追い込んで追い込みつつ、ちょっと誉めてみたいなことをやって、その果てに、ある時期、ストンと抜けるというのが普通です。よくなるダンサーや役者はある時、ポンと変わりますよ。それは何か憑き物が落ちたような感じがするんです。これは面白いですね。
【福田】 そこで挫折しちゃう人もいますよね。
【小池】 いっぱいいますね。挫折というか、もうダメになってしまう人とか・・・。
 ですから才能とよく言いますが、才能って、自分を発見していく才能だとか、少し辛い状況にも耐えられる才能だったりとか、あるいはトレーニングをきちんとできるという才能だったり、いろんな才能が必要なんですね。ただ単に音感が良いとか、演技力があるとかの才能だけではないとつくづく思いますね。
【福田】 自分自身でありつつ、自分を離れて別の角度から自分を見つめる作業、自分を客観視する作業というのは、人間が自立していく上でもとても大切な要素だと思うんですね。ただ、今の子どもたちの日常生活の中で、追い込まれることって非常に少ない。追い込まれた先のポンと変わる瞬間などは、めったにないかもしれないけれど、でも味わってもらいたいと思うんですね。
 水嶋さん、今、小池さんがおっしゃったようなポンと変わる時間とか、音で鳥肌が立つみたいなことはどうですか。
【水嶋】 難しいことですが、ストリングラフィに限って言いますと、ご覧になった方はお分かりだと思いますが、会場全体を大きな楽器にするということなんです。そうするとさっき小池さんがおっしゃったようにもう空気が変わるんですね。それは会場の状態、観客の持っているオーラがすごく大きくて、ある意味で、一音も弾かない前から、出てきた瞬間にフワッとした良い感じになって、すごくうまくコミュニケーションがとれてたりね。同じ曲を弾いて、同じテクニックのはずなのに、とても良かったというときと、次の日にやったらもうダメになっちゃったりと、本当はそこで下がったらダメなんですが、今はそれが自分の場合だと、いろんなファクターに助けられているような気がするんです。
 特に人の持っているエネルギーがすごく大きいですから、自分の集中力はもちろん大切なんですが、観客側から来る集中力にものすごく大きいものがあります。  船上でのコンサートでは、ワークショップを経験した子どもたちの見る目が変わっていました。それは20人か、30人の子で、どこにいるか見えなくても、それだけでも弾いているときに感じが、すごく変わります。そういう意味でも、こういう体験を積んでいく人が増えると、観客側のレベルがアップされて、そのことで舞台の上のレベルも熟成されて上がっていくんじゃないかなという気持ちはすごくあります。
【福田】 ありがとうございました。さっき燕路さんがエクスタシーと言われましたが、ご自分が演じていて感じた瞬間でもいいですし、落語に限らずだれかの表現でどういうとき感動されますか。
【燕路】 皆さんはなかなかじっくり30分の話を聞くとか、1時間の話を聞くとか、そういう経験ってそんなにないと思うんです。落語って面白い顔をしたり、特殊な声を出して笑わせるというのじゃなくて、エサをどんどんまいていって、ジグソーパズルをはめていって、それでお客さまがある種のレベルというか、形になったときに、あとはもう何を言っても、ヒョイとするとワッと笑う、ヒョイでワッというところに持っていくものなんですよね。
 だからその状態をどうやって作るかということが大切で、それは一席の噺の中でもそうだし、寄席全体の流れにもあります。落語は個人の芸だとは言いましたが、寄席には流れがあって、前座さんからずっとその流れをつくっていって、最後にトリに華を持たせる状態にするというのが、落語なんですね。  それである種の形ができれば、一つポンと押すと、そんなに大きなことを言わなくても「何を言ってやんでぇ」でドワーッと笑うという形へ持っていく、そういうのが落語という芸の作業なんですね。そうなったときはそりゃエクスタシーがございます。
 さっき「ダメだ、ダメダメダメダメ」って追い詰めるって、小池さんがおっしゃいましたが、何か思い出したんですよ、トラウマを・・・。「俺たち、そういう経験あるんだ、何だったかな」と思ったら、前座の5年間でしたね。
 前座時代はほとんど師匠の家でごはんを食べさせてもらって、寄席に行って、お給金も500円しかもらえなくて、師匠の家のごはんだって、冷やご飯と賞味期限の切れた納豆と葉っぱが黄色くなった大根のみそ汁なんですね。そしてお茶一つ煎れても「ダメだ、お前のお茶の煎れ方は不味い、だからお前は芸がダメなんだ」って、5年ぐらい徹底的に丸裸にされて。プライドをズタズタに傷つけられて、本当に素っ裸にされて、戸板で運ばれていったりするんです。本当に・・・。そうか、あの「ダメダメダメ」というのは、前座のときの5年間だったんだなということを、今、思い出しました。
 ただしワークショップで子どもに「ダメダメダメ」は、2泊3日では言えませんよね。そうすると誉めて誉めて誉めてということを、僕らは講師としてやったわけです。
【小池】 子ども相手のワークショップで「ダメだダメだ」 と言ってはダメですよ。僕は一般市民を相手にやる場合は、基本的に喜劇しかやりません。悲劇的なもの、空気が重くなってくるものじゃなくて、とにかく自分たちがやっていて楽しいと思えるものをやることで、舞台って面白いねと思わせることが重要だと思っています。
 「ダメダメダメ」は、あくまでもプロに対してであって、それも初心者相手ですよ。ある程度レベルが上がってきて、35歳を過ぎたぐらいの人に「ダメダメ」と言ったら、もうプライドが崩れて「辞めさせていただきます」にしかならないですよね。

生き方を見せられるか
【福田】 いよいよ時間がなくなってきました。皆さんのお話や子どもたちの感想文から想像して、子どもたちにとって、この体験は本当に一生に一度経験できるかというような、それほど一人ひとりの子どもたちに目には見えないけれど大きなものを残した経験だったんだろうなと思いました。では最後に、今回のワークショップは講師をやられた皆さんにとって何だったのか、ここをお聞かせ下さい。
【燕路】 船の2泊3日はたいへん辛うございました。しかしいろんなところでワークショップをやっていくうちに、こちらもいろんな勉強をします。実際にあの経験をしてから、そうか、こういうふうに子どもを指導していけばいいんだということが少しずつ分かってきたような気がします。そういう意味ではありがたい体験でした。
 われわれ芸をやる人間にとって、今、感動しない子どもたちが増えてきていることはとても辛いことです。感動が力になり、夢が力になるということはあるわけですから、子どもたちを生の芸に触れさせるということをやっていただきたいと思います。  落語って、こっちがしゃべっていて、こっちが世界を作っているようですが、本当は聞き手の問題なんですね。聞き手の心の中に、聞き手の人生が映っていくわけです。だから心が豊かでない人生を送ってきた人は、あまり良い絵をご自分のスクリーンに描けないんです。  感動したり、夢を持ったりという、生の芸に触れること、良いものを見せること、良いもののそばにいることそれはとても大きいと思います。私のそばには柳家小三治という師匠がいました。入門のときに、うちのオヤジが頭を下げて、「師匠、何とかこいつを育ててやってください」と言ったら、師匠が「いや。私は育てられません、育てるなんてことはできません。 私の生き方を見せるだけですから」って言って、ずいぶん気障なことを言うなとは思ったんですが、それはよく分かります。
 自分が親となり、自分が弟子を持ったときに、人を育てるというのは自分が育つことだし、育てるなんてのはできないことなんだな、自分の生き方を見せることなんだなというのがよく分かります。  私は師匠という良いもののそばにいられる。これが大きいです。 【水嶋】 今回はたっぷり時間があったので、子ども1人1人とゆっくり話せて、個性を発見することができました。特に私は小学校高学年の男の子とゆっくり話す機会がなかなかなかったので、すごく良い経験をしました。
 間近で子どもたちを見ると、思ったよりもずっと大人っぽいし、興味を持ったことにはすごく集中します。でも面白くないと、こんなにもあっさり「これ、面白くない」と言ったり、理解力の面では大人勝りみたいなところがあるのに、子どもっぽいところもあって本当に面白いなと思いました。  それから10歳と12歳、6年生と中学生という本当に1年か2年の違いで、こんなにも雰囲気も成長度も理解力も違うんだということ、だから説明するときに使う言葉も変えていかなきゃあということも、じっくり付き合うことで分かりました。
 文化芸術にワークショップがどういうふうに必要かという大きなテーマは難しいですが、私の子どものときを振り返ると、時代は違いますが、学校というコミュニティが自分の生活の中のほぼ100%を占めていて、そこで行き詰まってしまうと、すごく抜け穴のない、閉塞した気分になりました。  こういう形で、学校とは全然違う、違った職業の、違った価値観をもって生きている大人やプロを見るという体験によって、必ずしも演劇や音楽に興味を示さなくても、いろんな人がいて、いろんな方法があるんだということを感じて、肩の力を抜いてもらえるだけでも、すごく良いんじゃないかと思います。  ひるがえって、学校で学んでいる算数、国語にしても、ただ一つのアプローチだけでなくて、こういう体を使った方法もあるし、自分の興味に引き付けて、いろんなクリエイティブな方法を探っていくというようなことができれば、その一つのヒントになればと思いました。
【小池】 さっき柳家小三治さんが「生き方を見せる」と言われたというお話がありましたが、そうだよなと思うんですよね。生き方を見せるというときに、一体、今、生き方を見せられる人がどのくらいいるのかと思います。これは子どものワークショップだけではないんですが、いろんなところでワークショップや公演をしていると、日本ほど静かなところはないんですよ。なおかつ顔の違いが見えてこないということを、 僕はすごく強く感じます。
 昨年は中国とブラジル、メキシコでワークショップと公演をやってきましたが、ワークショップに参加している1人1人が、どこに行っても1人1人であるということを主張するんです。それが日本では本当に主張してこないんです。それは子どもだけじゃないです。ただ本当に何もないかと言うと、何もないわけじゃなくて、みんなどこかに押し込めている。押し込めているものがなかなか出てこないんです。
 たぶんそういうことが、日本で年間3万数千人が自殺してしまうようなメンタリティにもつながっているのでしょう。要するに生き方を見せるんじゃなくて、生き方を見せないように日本社会全体がなっているんです。「個性の時代」とか表面では言っていますが、そんなに個性を発揮しちゃいけないと思っている子どもたちが多いのではないかと思います。なぜなら大人がそうなんですから。
 一番最初に言ったことですが、子どもの個性を押し殺すような教育がなされるとすると、それは親の問題であり、教師の問題です。では教師はいったいだれが選ぶのかというと、当然、文部科学省や教育庁だという話になってきます。では文部科学省の役人はだれが選ぶのかとたどっていくと、最終的には政治家の問題、日本人全体の民意の問題という話になってきますね。
 ではどうすればいいのか、結局、一番最初に言ったように、コミュニケーションの問題が非常に大きくのしかかってくる。日本人は比べられるものが日本人しかいない。もっと言うと、日本人とは日本民族だと思っているのです。でも、こういう国はとても珍しい国なのだと一人ひとりが強く認識する必要があると僕は思っています。世界中で、極めて単一に近い民族で構成されている国は実は、そんなに多いわけじゃありません。極めて珍しい。
 例えば舞台芸術だと、日本人だから日本語で公演するのは当たり前だと思っていますが、これがシンガポール辺りに行ったら、舞台の上で当たり前のように英語と中国語とタミール語とマレー語が混在しています。お互いに分からないわけです。お互いにお互いの言語が分からない。共通語は英語ですが、それ以外は分からない言語があるというのがシンガポールでは当たり前なんです。
 つまり、人はお互いに分かり合うんじゃなくて、分かり合ってないかもしれないという前提に基づいたコミュニケーションが必要なのです。例えばこういうワークショップもそうですし、教育の現場もそうですし、私たち自身が日常会話するときでも、そういう前提でいないと、とても危険だなと思えるのです。
 僕がワークショップをやっている理由は何かというと、発見なんです。それは自分自身の発見でもあります。外国人を相手にすれば自分のテリトリーにないものが必ず入ってきます。子どもたちを相手にすると、子どもたちがどう感じていて、どういうリアリティを持っているのかがすごく強く響いてきます。そのなかで、じゃ俺はどうしていけばいいのか、お前はどうすればいいんだということを真剣に向かい合える。そういうすごく良い機会だと思っています。ただ難しいのは、 さっき言ったように、こういうことはある種、継続しないと厳しい。継続はやはり力であると同時に、非常に大変なことです。
 日本は村社会で、すごく狭いところでまとまっていますが、それを広げて、いかにお互いに協力しあいながら生きていくかということが求められていると思います。これは今、日本だけでなくて、世界中で求められていることだと思っています。
 そういう意味で今回のワークショップはいろんな意味で、子どもって何かとか、日本社会って何かということにもう一度気付かされて、とても有意義でした。
【福田】 ありがとうございました。2泊3日のワークショップの具体的内容から、感動することや、大人の生き方、またまた日本人論まで、話が多岐に渡りました。とても示唆にとんだお話ばかりだったと思います。
 今日の2時間弱を数分でまとめることはできませんが、子どもたちはこういう文化芸術体験を通して、「自分と他人は違う」とか「他人と比べるのではなく、自分自身のものさしをもつ」とか、「分からないことがあることを知る」とか、いろんなことを考える機会になったのではないかと思います。
 子どもたちが自分自身と出会い、他人と出会う絶好の機会であり、そしてそういう関係性を実感する中で、コミュニケーションはもとより、一人ひとりが人間はかけがえのない存在だということを体得していける場でもあったのではと感じました。播磨さんは、「文化芸術は、子どもたちの人生の質を高めるし、芸術は生き方の技術に役立つ」といわれました。でも、 日本ではこういう体験はほんの一握りの子どもたちしかできないのも現実です。平田オリザさんのお話の中に、欧米の先進国でドラマの授業がない高校はない、OECD加盟国では日本と韓国だけで、韓国は今熱心にとりくみ始めたと言われました。日本の遅れを残念がるだけでなく、こういう体験の有効性をもっと学校の先生や両親そして、行政の方々にももっともっと広めていく必要性を感じました。 今日は長時間ほんとうにありがとうございました。